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無色無臭の新農薬:毒物ネオニコチノイドの恐怖 ① (zeraniumのブログより)

≪zeraniumのブログ≫に興味深い記事がありましたので転載させていただきます。
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-886d.html

無色無臭の新農薬:毒物ネオニコチノイドの恐怖 ①  

 原発の安全神話は、福島第一原発事故でもろくも崩壊したが、もう一つ私たちが知らないうちに、安全キャンペーンに騙されて、私たち日本人の未来を危うくしている問題がある。それが一般には知られていない「ネオニコチノイド系農薬」のことである。

   この農薬は放射性物質のように目にも見えず、臭いもない。
   そのためにどれほどこの毒物が日本の野山を覆い尽くし、農作物を汚染していても誰も気づかない。しかもそのために今では、この目に見えない毒物が米や野菜などほとんどの食べ物だけでなく、住宅建材や家庭菜園、ペットたちにまで及んでおり、すでに私たち日本人の生活の隅々にまで浸透しているのだ。しかしそれの及ぼす計り知れない影響が現れるのは、おそらく数十年先だろう。

ミツバチやトンボ、スズメがいなくなった

   こうしている間にも、ミツバチやトンボなどの昆虫や、昔ならどこにでもいたスズメや野鳥たちが、時とともに姿を消してきており、それはさらに加速して生態系崩壊の進行は止まらない。

   農薬メーカーの宣伝や農林水産省の官僚たちによって作られた「ネオニコチノイド安全神話」の、この毒を弱毒性とし、害虫は殺すが人には安全とする説がまかり通り、このとんでもない毒の流通を強力に推し進めている。しかし事態はネオニコチノイドの被害にあふれているにもかかわらず、私たち国民の無知と無関心のゆえに、この農薬の大量使用が引き起こす現実が放置され続けている。

   2010年夏、今年もまた広大な北海道の大地で、ミツバチの大量死が起こった。
   それは7月末に、水田のカメムシ防除のために行なわれた農薬散布の翌日に、羽佐田康幸さんの蜂場の50群のミツバチの約4分の3が死んだのだ。本来ならば数百万匹いるはずのミツバチの死臭が、辺り一面を覆い尽くしむせかえった。

   この地で壮絶なミツバチの大量死が起きはじめてからすでに9年が経っており、それはいつも、水田のカメムシ防除のために行なわれる農薬散布の後に起きていた。原因はネオニコチノイド「ダントツ」(成分名:クロチアニジン)以外には考えられないのだ。

   翌年の2011年にも北海道では相変わらず、各地でミツバチの大量死が続いていた。農薬にやられて激減した働きバチは蜜や花粉を集められず、弱体化したミツバチ群は冬の寒さを超えることができなかった。しかし北海道養蜂協会や畜産課は、それでも以前と何ら変わらず同じように、「ミツバチ被害が出ないように水田地帯から逃げてください」という指導を繰り返すだけだった。

   ミツバチの大量死は北海道だけでなく、岩手県から長崎県の日本全国の養蜂家のミツバチに起きており、それが「ダントツ」(ネオニコチノイド)の使用が奨励され始めた年から起きていた。

   佐世保の養蜂家久志富士男さんは、昨年まで100群もいたミツバチのほとんどを失い、4群しか残らなかった。彼は「ミツバチが消滅しただけでなく、スズメを見ることがなくなり、虫たちがいなくなった」と言っていた。毎年、水田に仕掛けられたバーンという”ガス鉄砲”の音もまったく聞こえない。スズメがいなくなったので追い払う必要がなくなったのだ。水田も畑も生き物の気配がまったく感じられず、それは水田に撒かれた”ダントツ”が原因に違いないと思われた。養蜂場近くの野山は気味悪いほど静まり返っており、これが”沈黙の春”というものなのか。

   この事態を何とかすべく、久志さんは佐世保の若者たちとグループを組織し、”ダントツ”の使用禁止を訴え、長崎県庁に対策を求め、全国に先立って長崎県北3地域で”ダントツ”の使用自粛が決められた。

   長崎県の離島、壱岐島に住む冨山一子さんは、2008年の6月に起きたミツバチの
異変を体験した。冨山さんのミツバチたちは家のすぐ裏の菊畑から巣に戻って来たが、ハチたちが突然大量死したのだ。ハチたちはボタボタ空から落ちてきて、巣箱に帰り着く前に地面に落ちて苦しんでのたうち回った。そうした大量死が3日間続いた。家で飼っていた養鶏たちも2羽がこのとき苦しみながら死んだ。

   冨山さんは何が起きたのかわからなかったが、実はその近くではホースで水のようなものを散布しており、それが農薬だとは知らなかった。そして富山さんは当時常に体調が悪く、その原因は農薬散布ではないかと思った。それで後日、農協を通して散布中止を訴えたが、そのとき撒かれていたのが、有機リン系農薬と新しく出回り始めたネオニコチノイド系農薬だったのだ。

   2009年、神奈川県三浦大根の産地でも、その前年からミツバチの異常事態が発生していたことが発覚した。4月10日の「タウンニュース横須賀版」によると、2箇所ある関正喜さんの養蜂場で前年の夏にミツバチが大量死した。しかも9割以上の働きバチが帰ってこなかったのだ。

   関さんは言っている。「この冬を越せたのは80群のうちわずか5群だった。これまで40年以上ミツバチを育ててきて、こんなことは始めてだった。6月のある雨の日、ハチが大量に死んでいるのを見て、とっさに思ったのは、おそらくミカンの消毒にやられたに違いないということだった。急いで巣箱を閉め、残っているハチを助けるためにトラックに積んで安全な場所に運んだ。この時は1日だけでミツバチが何万匹死んだかわからないほどだった」

   この年、三浦半島全体で、260群がほぼ全滅した。
   この地域では、ミカン栽培に熱心な農家ほどよく消毒をする。以前は、何回消毒をしたというのが自慢になるほどであり、薬は多く撒けば撒くほどよいという考えが農家にすでに浸透していた。だから殺虫剤や除草剤、土壌改良剤などをたんまり撒く。

2億匹のミツバチがたった1年で全滅した

   あとどれだけミツバチが死滅すれば日本人は気づくのだろうか?
   あとどれだけトンボやスズメが絶滅したら、私たちは自覚するのだろうか? 日本各地でミツバチが謎の死をとげ始めてから、もう8年になる。この生命の大量破壊者は誰なのだろうか? 

   日本養蜂はちみつ協会によると、2009年の全国における農薬によるミツバチ被害は1万1553群(1群は2万~4万匹)、その前年の2008年には1万659群、2011年になっても全国で8352群が農薬の被害で死滅した。

政府や学会の発表の裏にあるものは何か?

   一方、2011年2月に東京で、「ネオニコチノイド農薬」をテーマとした環境ホルモン学会が開催された。しかしその講演会資料には、「わが国の飼育ミツバチ群数は、ここ数年ほとんど変化していない。長いスパンで見ると右肩下がりであるが、これは農業と同様、従事者の高齢化、後継者不足などが原因でミツバチの飼育群数が減ったことによることが大きい」(農林水産省畜産草地研究所 木村澄氏)と記されている。

   これは学界という場で、日本のミツバチ群には何も目立った異変などは起きていないと、研究者たちを通して人々に感じさせる報告だった。

   新農薬の被害は日本だけではなかった。
   2009年4月、ロイター通信は「ヨーロッパの養蜂産業はあと10年で壊滅する。それはミツバチが殺虫剤や農薬を使った集約農業の犠牲になっているためだ」と報じた。それでも日本のミツバチだけは別で、そこには何の異変も起きていなかったというのだろうか?


    『新農薬”ネオニコチノイド”が日本を脅かす』 水野玲子著  
                    七つ森書館
                     
                          抜粋

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