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「創造主」である神は「外」ではなく私の「内」におられた!(zeraniumのブログより)

≪zeraniumのブログ≫に興味深い記事がありましたので転載させていただきます。
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-471b.html
 「創造主」である神は「外」ではなく私の「内」におられた!  

 7万年前の超古代文明の観察は終わった。
   だが味わったばかりの三次元に投影された過去の再現場面と、太古の人々の様子があまりにも生々しかったので、その感覚が未だに信じられない。サン・ジェルマンは驚愕している私に、いま見聞きした映像は彼が創り出して見せたものではなく、それは実在の人々と時代のものであると念を押し、そのことを証明するためにも、今後、それらの年代記が保管されている場所へ私を連れていくと約束した。

   私はようやく心の平静を取り戻し、2人が座っている切り株の周囲を見回すと、ジャガーがそばで眠っているのを目にした。サン・ジェルマンは地上の物質をコントロールする高次の法則の応用など、その他の貴重な情報を幾つか与えてくれた。その中で、一般的に考えれば高齢であるはずのサン・ジェルマンが、なぜ完璧な若さを保っていられるのかということにまで話が及んだ。

   「永遠の若さは人間の肉体に宿る神の炎であり、創造主である神の資質だ。
   自分に不調をもたらすあらゆるものを遮(さえぎ)り、それに対して扉を閉ざすことのできる十分な力が備わっている者や、その力を保ち、完全性を表現することが可能になった者だけが、精神的にも肉体的にも、永久に若く美しいままでいることができる。

   内なる安らぎや愛、光が、感情や思考の内にないならば、たとえどれほど体を鍛えても若さや美しさを保つことはできない。なぜなら物質界に生きる人間が、思考や感情を介して受け入れてしまうネガティブな”不和の種”はどれも、入り込むと同時にその者の肉体に刻み込まれてしまうからだ。

   心の安らぎや愛、光は、1人1人の内なる神の炎そのものであり、永遠に存在するものだ。永遠の若さと美しさ、完璧さはどれも、神が自らの創造物に反映し続ける愛に属するものであるが、それらを保ち、強める力や手段は各自の内にあって常に増加しているものだ。それを成し遂げるのが、この世に生まれて来た人間に例外なく備わる神のエネルギーである。

   思考は、宇宙において唯一”振動”を生み出すことができるものだ。
   思考を通じて、自らの人生や世の中に顕在化させたいものに、エネルギーを流し込むことができる。この神経系統を伝って流れる、知的で無限に輝けるエネルギーは、肉体を巡る血流に存在する生命力であり、永遠の命だ。創造主はこの遍在する全能の活力を、自由意志に従って意識的に統率するようにと人間に与えた。

   真の知性とは建設的な目的のために使われるものであり、それは生命の源や生命の炎から湧き出るものであって、多くの人間たちが考えるような知的活動のことではない。真の知性は、神の叡智、神の知識であることから、誤った思考を生み出すことがない。一方、人間が生み出す誤った思考は、人間が外界から受けた印象を知性に刻んだものだ。神の炎から湧き出た思考と、表面的な感覚を頼りに人間の知性が示す考えを区別できるようになれば、地上の物質界にはびこる、不和をもたらすどのような動きも回避できるようになるだろう。

   内なる神の炎から発する光は、あらゆる思考と感情を計る基準と完全性の尺度であり、それは五感を通じて把握される。また完全性という性質と作用は、神の炎にしか宿っていない。そのことを踏まえるならば、そこまで達していない思考や感情を完全なものと見なすことはできない。

   ”内なる神の光”を絶えず保つこと、これが真の瞑想であり、”内なる神”との対話と呼ばれるものである。生命の純粋な精髄である神の光は、永遠の若さや美しさだけでなく、”内なる神”と表面的自己との完全な調和をもたらす。つまりこの純粋な生命エネルギーは、”内なる神”と表面的自己のつながりを保つが、実際には、両者は一つなのだ。

   だが人間の知的認識あるいは精神的意識が、自らを一なる創造主から切り離された存在だと思い、あるいは自らがいかに神の完全性から離れているかを思い込むと、その状況が創り出されてしまう。なぜなら外の世界に投影される感覚と意識の望みは、その認識が現実化という形を取ることで戻って来るからだ。

   不完全で否定的な、あるいは神から離れた考えを自分の関心の的とすることを許してしまうと、それに見合った状態が自分の体や環境に現れ始める。それが、生命の源とはかけ離れた行為に及ぶ人間に共通する点である。(これまで教えられてきたそのままに)、自分は神と離れていると思い込む者は、神の生命や知性、能力に始まりと終わりがあると見なすようだ。だが、(創造したもの以外)誰にも生命を破壊することはできない。

   私があなたに語っていることは、紛れもない真実だ。
   すべての善の源はただ一つ、それが神であり、一なる創造主である。この事実を認識して受け入れ、日常の生活においても片時も目を離さず、自覚して意識を保つようにする。その状態を維持し続けるならば、あなた方は完全に自己が解放されるのを経験し、人間社会のあらゆる物事がコントロール可能になるだろう。

   だがほとんどの人間たちにとって、これは困難なことに思えるに違いない。
   なぜなら何百年もの間、(宗教を通して教え込まれてきたことは)、人間と神は隔たっているといわれて、それを信じて生きて来ているからだ。しかし実際には、その自覚があるとないとにかかわらず、あなた方は四六時中、神の生命である永遠のエネルギーと、あらゆる神の物質を用いながら知らずに生活しているのだ。

   今、そのことに気づいたならば、自分がどのような心持でいかに活動しているかを認識し、自己を介して神の力であるエネルギーを建設的な方向に発揮するようにしなければならない。神のエネルギーを理解して自覚し、正しい方向に建設的な目的で使用するように常に心がける。これこそが、地上におけるあらゆる事象の支配や熟練、完全性への道のりだ。

   この域に達すると、さまざまな自然の力も意識するだけで操作できる。
   すべては本人がどれだけ辛抱強く、継続することができるかであり、どれだけ”内なる神”との親しいつながりを深めることができるか、なのだ。」


            (サン・ジェルマンによる)
        『明かされた秘密』 ゴッドフリー・レイ・キング著
                   ナチュラルスピリット

                          抜粋

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