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結局安倍は何もできない(ryuubufanのジオログより)

≪ryuubufanのジオログ≫に興味深い記事がありましたので転載させていただきます。
http://blogs.yahoo.co.jp/ryuubufan/68172512.html
【朝のメッセージ】結局安倍は何もできない .
2015/7/17(金) 午後 0:16日記政界.2.

 戦争法案強行採決が安倍の政治屋人生のピークだっただろう。みんなで大騒ぎしたが、結局あれは何だったんだという事になる。大山鳴動してネズミ一匹という事である。徴兵制? あり得ない。可能性を考える必要もない。自衛隊員が半分位辞めるかも知れない。志願者も大きく減るだろう。中には変わり者がいて自衛隊というか自衛軍に志願する者も出て来ようが、ごく僅かでありその傾向に永続性はない。これまで自衛隊員は戦死する事は考えなくて良かった。しかし今後は僅かであっても可能性が生じてしまう。自衛軍志願者は家族からの強い反対にあう。本人だけの問題ではない。現隊員も同様である。自衛軍の未来は暗い。

安倍の前に立ちはだかる巨大な壁は、いよいよ自衛軍を戦地に派遣する段になって現れる。法案の強行採決ではまだ切迫感を感じなかった国民も、自衛軍の戦地派遣決定が報じられる事でいよいよ来たかとなる。国民全員がこの段で深刻な思いを抱く。平和憲法が遂に死滅する事になる。戦地派遣=戦死者発生 とは限らないが、戦死者発生は戦地派遣と基本的に一つである。何回か派遣している内には遂に戦死者発生が現実になる可能性が高い。この時が巨大な壁が最大の高さと厚さを獲得する時である。国民全員が戦死の事実に向き合う。正当に憲法を改正し自衛軍、日本軍としたならば、国民も戦死の事実を受け入れる。必要な戦争には犠牲が伴う。国民は本当の祖国防衛の為なら犠牲を当然とする。しかし、安倍のあくどい強行採決で通った法律によって生じた戦死は絶対に受け入れない。戦死はイコール安倍拒絶である。平和ボケ日本国民が平和を奪われたと最も感じる時である。戦死の無かった時代が終わり、戦死のある時代が始まる。この事があくどい安倍によって起きた事を国民は認めない。

戦死は1人でも千人でも本質は同じである。国家に命を捧げたという事である。祖国防衛の崇高な行為の結果が戦死である。しかし、あくどい手口で生じた戦死は犬死である。戦死と犬死、これ程の極端もない。戦死は国家民族の究極の名誉であり、犬死は個人の究極の無意味である。今国民が騒いでいるのも犬死拒否が根底にある。不正選挙政権が齎す戦死は全て犬死である。

平和憲法で国家が強制する犬死を経験しなかった日本国民は、安倍戦争法案を犬死強制法案と見ている。世の中の拒絶の中でこれ以上の拒絶もない。こんな拒絶感を前に一体安倍が何ができるかという事である。平和ボケ日本に犬死強制法案なんて無理な話である。安倍は結局何もできない。これはロシアマスコミの見方でもある。

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