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イエスがもたらした教えも、1人1人の「内なる神」の存在だった(zeraniumのブログより)

≪zeraniumのブログ≫に興味深い記事がありましたので転載させていただきます。
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/11-32fd.html
・イエスがもたらした教えも、1人1人の「内なる神」の存在だった  

 神を語るのに、「ただ在るもの」ということを理解するためには、これまで長い間人類において使われてきたさまざまな言葉や表現を用いなければなりません。つまり誰もが自分のこととして理解できるような形で、「ただ在るもの」に触れなければならないのです。神には当然、性別はなく、「ただ在るもの」の言葉の意味が理解できない人たちは、「父なるもの」という表現かもしれず、「崇高なる知性」が理解できない人たちは、「神」という表現に一番慣れ親しんでいるでしょう。

   「神は父だ」と言い張る人にとっては、それがその人の真実です。
   また神を男性だとする主張に憤慨する女性がいるとすれば、それも彼女たちの真実です。それは常に、1人1人の人間にとって独自のものなのです。それはただの言葉ではありません。それは私たち1人1人の内面に宿る想いなのです。あなたの「ただ在るもの」についてのイメージが、限りなく大きければ大きいほど、その感情の表れや気持ちは壮大になり、喜びに溢れるものになるでしょう。

Q、  私(車椅子の高齢の女性)は神様を愛しています。でも、死ぬのが怖いのです。その理由を考え抜きましたが、わかりません。私は地獄の存在を信じていますが、まあ、地獄に落ちることはないとは思っています。ただ、神が私を愛していないと思う時がたまにあります。自分はもしかしたら許されていないのでは、と思うこともありますが、でも、自分は許されていることを知っています。ですが地獄は確かにあると教わってきたのですが・・・。

ラムサ   あなたが地獄はあると信じてきたのと同じくらい強く、私の言うことを信じることができますか? 地獄などありません。地獄(hell)の発祥はどのようなことか知っているでしょうか? それは本来、ユダヤ人の国において、お金がないためにちゃんとした墓に埋葬されず、彼らのための地面を浅く掘っただけの墓のことを指して使われた言葉です。

   浅い墓は忌むべきものと考えられていて、夜にはハイエナや野犬がやって来て遺体を掘り起こしてむさぼったのです。そのように喰われた遺体の者たちは、決して天国には行けないと考えられていました。その言葉の意味はたったそれだけのことだったのです。それがその後、そうした意味に翻訳され、司祭や僧侶たちがその言葉を用い、宗教がそこを苦難の場所と決めたまでのことです。

Q、  ですが私は聖書をいつも読んでいますが、その中では地獄のことがことさら強調されています。

ラムサ   聖書を書いたのは誰でしょうか? 人間です。
     私はあなた方の世界の深層の奥深くまで、この地獄の燃えさかる火の海なるものを探しに行ってみましたが、それを見つけることはできませんでした。そんなものはなかったのです。この苦難を受ける場所を見つけようと、あなた方の宇宙の最果てまで行きましたが、そこにもありませんでした。そして戻って来てみると、私は悪魔や地獄を信じている人間たちの心の中にそれを発見したのです。創造主である「ただ在るもの」は、そんな場所は作らなかったのです。

Q、  そうですよね。神がそれほど私たちを愛してくださるのに、ほんの些細なことで私たちを地獄に送り、燃えさかる火の中に入れるわけがありませんね。それは神らしくありませんね。

ラムサ   まったくその通りです。
       しかもあなたは神によって創造されたのですから、あなたの内に神を持っているのですよ。ですからあなたは神の一部なのです。

Q、  そうなのですか? もしそうなら、それは私にとって大変深い意味のあることです。

ラムサ  お聞きなさい。
      神がすべてであり、すべての創造が神からであれば、あなたは一体どこから創造されたというのでしょうか? あなたは神から生まれ、ゆえにあなたは神そのものなのです。生きることが神そのものであるだけでなく、「過ち」もその一部なのです。そうであるならば、神が自分自身の一部(であるあなた)を業火の穴に投げ込んで、自分を愛さないというようなことをするでしょうか?

キリスト教がつくられた目的

   あなたに偉大なる真実を教えましょう。
   ある時、人間は自分の同胞を支配するための手段として、(彼らの考える)神のイメージを作り上げたのです。つまり宗教というものは、軍隊が、民族や国家を支配することに失敗した時のために作られたものであり、それを使って人々を恐怖に陥れて抑圧するための手段としたのです。なぜならどのような人間であろうと、その人から「真の神」を奪ってしまえば、その人間を支配し、コントロールすることは簡単なことだからです。

   地獄や悪魔とは、ある人間たちが他の人々を苦しめるために考え出した怖ろしい創造なのです。大衆を怖れさせて容易に支配できる集団とする目的で、宗教がその教義を通してつくり出したものなのです。それが一つの偉大な真理です。

   私たちは神から生まれ、私たちは神そのものです。
   そしてあなたは何も過ちなど犯してはいません。なぜなら人生は、あなたが行なったことによって変化し、いかに愚かで惨めな行為であったとしても、それを通して得られた気づきと知恵により、あなたの人生は前よりさらに豊かになったからです。

   一つわかって欲しいことがあります。
   あなたの信念、そしてあなたの宗教(キリスト教)は、すでに何百年にもわたり、他の文明を抹殺してきたということです。当時のマヤ人やアステカ人は、カトリック教会と同じことを信じていないというだけで、教会による支配を通じて殺戮され抹殺されていきました。人間の歴史の中でも暗黒時代と呼ばれるものが、ヨーロッパの中世の時代の聖戦ですが、これを通してカトリック教会の信念を広めることが目的で戦われました。

   フランスと呼ばれる国では、教会の言うとおりに信仰しないという理由だけで、母親の手から赤ん坊が連れ去られ、多くの女性たちが赤く熱した鉄の棒で眼を焼かれ、胸に烙印を押され、辺りは血の海になりました。それもすべて、たかが宗教上の信念のためだけにです!

   次に今度は新教徒(プロテスタント)が現れ、そこから地獄に燃えさかる炎や悪魔といった概念が生み出され、それが子供たちの心に恐怖を生み出し、教会の言うことに従いその規則や戒律を守らないと、地獄で永遠に焼き尽くされると言って、教会組織を強固にさせようとしました。

Q、  私もそんな感じで育てられましたよ。

ラムサ   お聞きなさい。
       あなたは残虐行為をされて育ったと言っても過言ではないのです。聖書が存在し始めて悪魔や地獄が生まれたのですが、では聖書が存在する前の時代にいた人たちはみなどうなったのか、不思議に思ったことはありませんか?

Q、  ああ、もしかしたら皆、地獄で燃え尽きてしまったのでしょうか・・・ああ、失礼。ごめんなさい。

ラムサ   いえ、何も謝ることはありません。
       つまりそれが、あなたの信念の為せるわざなのです。さて、今のあなたはもはや若くはなく、自分がいつかは死ぬことを心配しています。そしてこれまで何世紀にもわたって続けられてきた、あなたにもプログラムされてきた教えが今、肩に重くのしかかっています。「地獄はあるのだろうか?」「自分もそこへ行くのだろうか?」「そこまでの過ちを自分は犯しているのだろうか?」などです。

   よく聞いてください。
   あなたは地獄へなど行きません。そんな場所など存在しないのですから。あなたは体から去ると、瞬(またた)く間に生き返ります。そして再び、本来の純粋な光の存在に戻ります。すると偉大なる導きの師たちがやって来て、さらなる学習の場にあなたを伴い、あなたはそこで、今、私が話していることが大いなる真実であることを、自分自身で確認するのです。

イエスのもたらした教えも実は、外ではなく1人1人の「内なる神の存在」だった

   さてイエシュア・ベン・ヨゼフ、つまりあなたがナザレのイエスと呼ぶその人は、あなたが偉大なる神であるのと同じように、彼も偉大なる神です。ですから彼は神のただ一人の息子ではありません。彼もまた、私たち多くの者の中の一人の息子なのです。彼は人間であり、神々になったのです。それはちょうどあなたがそうなるようにです。

Q、 でも、そのようなことは教わってはいません。

ラムサ   お聞きなさい。
       イエシュアは何を教えたのでしょうか? それは自分が神の子であることですが、それはその通りです。しかし彼はまた、誰もが神の子であるとはっきり公言しました。彼が教えたのは、まさにこのことだけだったのです。誰もが神から生まれた神であり、その完璧さを人間の形を通して表現しています。

   イエシュアはあなたの兄弟です。
   つまり、救世主ではありません。彼もまた私たちと同じく、自分の内に神を持っていた人間です。彼は人間同士の中に愛のなかった時代に、地上へ転生しました。彼は、神なる存在は裁きを下したり罰を与える神ではなく、あわれみと恩寵、そして慈愛の心にあふれた、すべてを愛する神なのだという教えをもたらしたのです。

   しかし残念なことに、イエシュアのもたらした考え方は、この汚れなき魂を持った人間による実に簡単な教えであったにもかかわらず、これを理解できなかった者たちによって大きく歪曲されてしまい、それが新約聖書という書き残された書物なのです。

   イエシュアは、愛の源は自分の内面深くに住む神の存在であり、それがすべての人々の内にあるのと同じ存在だと公言しました。イエシュアの大きな包容力と自由の源は、自分と内なる神が一つであり、そこにあることを知っていたのです。それが自分の虚構をすべて剥ぎ取ることで、自分の内なる神を完全に表現できたのです。

   (車椅子の)わが愛しき女性よ、あなたとイエシュアとのたった一つの違いとは、彼がすべての人間に存在する内なる神を理解し、それを完璧に体現して生きたということだけなのです。そしてあなたもまた、それを体現して生きる愛と高貴さを備えている偉大な存在なのです。

神なる存在は、外ではなく「あなたの内に在る」

   イエシュアは、他人を救うために来たのではありません。
   彼は、内なる神とともにこの地上に生きる神であることを悟ることにより、自分を救うことができたのであって、他の人間たちにもそれぞれの内なる神を通して、自分自身を救う道を教えたのです。そして、「私がしたことは誰にもできる。父なる神とあなたは一つだからだ。天の王国とは、すなわちあなたの内にあるのだ」と教えたのです。

   ですからあなたという美しい存在である、あなたという神を愛しなさい。
   そしてあの「本」(聖書)など読むのはやめなさい。神なる存在は外にではなくあなたの内にあること、そしてあなたは永遠に生きる者であることを知るのです。

   あなたはこれまで、自分で自分を罰してきました。
   そして自分が過ちを犯したのでそのために罰せられると信じることが、自分自身の地獄に生きる原因となってきたのです。それは自分自身でつくったものです。私はあなたを深く愛しています。今、私が伝えたことに想いをめぐらして、自分を愛し、自分の内にある神と出会いなさい。そして内なる平和を見出して生きなさい。この地上を去ったとき、あなたは再び輝いて生き始めるのです。


    「ラムサ―真・聖なる予言」 ラムサ著 角川春樹事務所

                          抜粋

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