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内なる敵意と癒やし(自由人のカルマ・ヨガノートより)

≪自由人のカルマ・ヨガノート≫に興味深い記事がありましたので転載させていただきます。
http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-427.html
内なる敵意と癒やし

  終末期医療の草分けである精神科医のエリザベス・キューブラー・ロスの話は、このブログでしょっちゅう引用しています。

 彼女は、終末期医療のあり方について端的にこう語る。
 「愛において、人生において、臨終において、そばにいることはすべてである」――

 この考え方は、彼女が「わたしの最高の師」と生涯にわたって呼び続けた、ある無名の人物との出会いがきっかけとなっている。
 以前もブログで紹介した有名なエピソードだけど、ちょっとあらためて書いてみますね――


 若き日のキューブラー・ロスが、アメリカの大学病院に勤めていたときのこと、あるとても奇妙な出来事に気が付いた。

 病院には、一人の黒人女性が清掃員として働いていた。
 その黒人女性が病室の掃除を終えて出ていくたびに――、ベッドにいる瀕死の末期患者たちの表情が、明らかに変化しているのだった。
 もはや治る見込みのない状態なのに、精神的に急に元気になっている様子だった。

 清掃員の女性が、医師のいない病室の中で、一体どんなことをしているのか…
 キューブラー・ロスは何としてでも知りたくなり、その女性と廊下ですれ違いざまに、「私が担当する患者たちに、あなたは何をしているの?」と出し抜けに尋ねてみた。
 するとその女性は、「私はお掃除をしているだけです」とこわばった声で答え、すぐに立ち去ってしまった。

 50年前当時のアメリカにおいて、黒人の清掃員が、白人の医学部教授と普通に話をすることの難しさを、スイス出身のキューブラー・ロスは理解してなかったのだという…。


 それから何週間か後のこと、キューブラー・ロスが一人で廊下を歩いていると、その黒人女性にいきなり腕をつかまれ、誰もいない小部屋に連れて行かれた。
 そしてそこで、自身の身の上話を聞かされた――

 彼女は以前、スラム街の劣悪な暮らしの中で子育てをしていたという。
 電気や水道はなく、食べ物も貧しく、医者にかかるなんて特別なぜいたくだった。

 ある冬の夜、3歳の息子が重い肺炎にかかってしまった。地元の病院に連れて行ったが、過去に10ドルの未払いがあったために診てもらえなかった。
 彼女はあきらめず、遠くにある公立病院まで息子を抱いて歩いていった。そこならば、お金のない貧困者でも診てもらえるはずだった。

 その病院で、何時間も絶望的な気持ちになりながら、医者が来るのを待った。しかし、誰も来なかった。
 自分の腕の中で、小さな我が子が死んでいくのを、彼女はただじっと見守るほかなかった…。


 清掃員の女性は、この悲痛な体験を、否定的な言葉を口にせず、人を責めたりせずに、ただ静かに語ったという。
 キューブラー・ロスは、「なぜそんな話を私にしてくれたの?」と尋ねた。
 すると彼女は、こう続けた――

 「私にとって、死はなじみ深いものなんです。死にそうな患者さんの部屋に入っていくと、すごくおびえていることがよくあります。石のように固くなっているもともあります。話してくれる相手が、誰もいないんです。
 それを見ると、私はついそばに行って、体に触れずにはいられないんです。ときには手を握って、心配することはないと言ってあげるんです。私が死をたくさん見てきたこと、死はそんなに怖いものじゃないと。
 あとはただ、そばいにいてあげるだけです。ときどき逃げ出したくなることもありますが、逃げません。その人のために、そばにいてあげようと、思ってしまうのです」


 このやり取りが、延命のみを至上目的としてきた医療のあり方に、キューブラー・ロスが一石を投じていく大きな契機となった。

 それから間もなくしてキューブラー・ロスは、何と、この清掃員の黒人女性を、自分の助手として採用したのだ。
 大学の同僚たちは、その行動に仰天してしまったという…。




 ――以上は、過去の記事でも紹介したことのある内容で、実はここまでが今回の前置きになります。

 このエピソードは、彼女の著書のいくつかに共通して出てくる。
 その一冊に『死ぬ瞬間と死後の生』という本があって、これはキューブラー・ロス自身が執筆したものとは少し違い、彼女の講演を録音したテープを、後年に編集者が書き起こしたものだ。

 そのため、会場での聴衆の反応とか、講演中の言葉の調子などが、カッコ書きで添えてあるところが特徴的である。


 で、講演の中で「清掃員の黒人女性を助手に採用し、医学部の同僚たちから仰天された」というこのエピソードを話したとき――、当然のことながら会場から大きな拍手喝采がわき起こった。

 ところが意外なことに…
 キューブラー・ロスは、その拍手の中に、人々が秘めるとてもネガティブな感情があることに気づき、話を中断してしまう。それに会場の皆が驚いてシーンと静まり返る――、という場面が描写されている。

 そのあたりを、やや長めですけれど、以下に引用してみます――



 「あなたの教師は変装して現れます。子供の姿で、よぼよぼのおばあちゃんの姿で、または黒人の清掃員の姿で、あなたの前にやって来るのです。
 あの清掃員は、自分が何者であるかを知りません。自分がどんな役割を果たしたのか、自分がどれだけの人の命に触れたのかも分かっていません。
 私はこの女性を最初の助手に採用しました。大学の同僚たちは仰天しました(笑いと拍手喝采)。なぜならこの人は……

 (ここで話を中断し、聴衆に向かって穏やかな調子で聞いた)正直に答えてください。さっき拍手をした人の中で、何人が敵意なしに拍手をしたでしょうか?(会場は驚いたようにシーンとなる)
 では何人が敵意を抱いて拍手をしたでしょうか?(静まり返った雰囲気が続く)
 医者や権威に対する敵意でしょうか?(拍手と笑いがばらばらと起こり、やがて「ブラボー」という声)。そうね。でも、皆さんが敵意を抱いている限り、事態が良くならないのは皆さんの責任です(しぶしぶながらという雰囲気だが、拍手が広がる)。

 (あいかわらず穏やかな声で)大切なことなので、どうか学んでください。私たちは悪態をつき、疑問を抱き、非難し、見下します。そのようにして非難したり見下したりするたびに、世界に対してマイナスの感情を付け加えているのです。
 (とても穏やかな調子で)もし世の中を癒やしたいなら、まずこのことを理解してください。自分自身を癒やさない限り、世の中を癒やすことはできません。
 誰かを攻撃したり、非難したり、見下したりする限り、ヒロシマ、ナガサキ、ベトナム、アウシュビッツ、マイダネクで起こったことの責任はあなたにあるのです。このことははっきり申し上げます(会場、シーンとなる)」――


 …という内容です。
 もし自分が講演会場にいたとしても、あの話の個所では、ふつう拍手するでしょう。

 清掃員を助手に採用するなんて、今の医学部教授でもあり得ないことだ。
 そんなことを、常識などお構いなしにやってのけてしまう型破りなところが、いかにもキューブラー・ロスらしくて痛快だし――、「権威主義のお堅い医師たちにガツンと言ってやれ!」みたいな皆の共有感覚と場の空気で、拍手がわき起こったに違いない。

 ところが、講演者である彼女自身は、その聴衆の感覚の中に、見過ごすことのできないような敵意や攻撃性が潜在しているのを読み取った。

 キューブラー・ロス自身、十代後半を第二次大戦中のヨーロッパで過ごし、終戦直後に医療ボランティアとして破壊されたポーランドの街やユダヤ人強制収容所の救済に駆けつけた。
 人間がこれほどまで容易に残虐で凶暴になって、地獄絵のような世界を作り出せてしまうという現実をまざまざと知らされた。

 そうした体験を通じて、人の心に潜む敵意こそが「戦争へとつながる真因」であり――、それを癒やさない限り戦争はなくならないし、自らの内を癒すことが「世界に対する私たち自身の責任」であるということを、きっと痛切に感じていたのだろうと思う。


 その敵意は、ほとんどの人に大なり小なりあるものだろう。
 たとえばネット上の書き込みを見ても――、権威のある政治家や有名人だから、いくらでも非難を浴びせても構わないといった考え方で書かれた誹謗中傷はたくさん目にする。

 間違った考えを持つ悪い人物だから、見下すべき犯罪者だから、こてんぱんに攻撃してやろうというものも多い。
 彼らはそうされるに値する者であって、自分は正義を発揮しているのであり、善の側に立っていると言わんばかりに…。


 もちろん、異なる考え方に意見したり、権力者などの行き過ぎに抗議するのはむしろ大事なことだ。
 ただ、外見上はそのような正当な衣をまといながらも、実は内に秘められた「敵意」の現れだったり、それにもとづいた感情のはけ口になっているケースは、本当に少なくないのではないかと思う…。

 反戦や平和を訴える場合でも、特定の政治家などをターゲットに挙げて、攻撃的に非難していることも多い。
 でも、実際に国が戦争に向かうとき――、時の指導者は、人々の心にあるまさにその「敵意」をたくみに利用して、それが敵国への憎しみと戦意に向かうようにうまく仕向けるんですよね…。


 私たちは、過去に日本が日米開戦へと突き進んだのと同じ敵意、ナチスドイツがユダヤ人を迫害したときと同じ敵意、アメリカが原爆投下したのと同じ敵意を――、全人類で共有するように、心の奥底でひそかに抱えている。
 そしてその敵意がある限り、同じような戦争をいくらでも起こす可能性があるだろう…。

 キューブラー・ロスが語った、「自分自身を癒やす」という道――
 それがまさに、地球を戦争のない星にしていくための、本当に唯一の道なのではないかと感じます。
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