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太古の時代、天皇が「天空浮船」で世界を巡行していた!(zeraniumのブログより)

≪zeraniumのブログ≫に興味深い記事がありましたので転載させていただきます。
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-6f24.html

太古の時代、天皇が「天空浮船」で世界を巡行していた!   
天神6代の頃の地球では、(ETである)神々の政権争いが起きていました。
   こうした混乱した流れが高次元で起きていたので、地球と神界のあいだの中間世界にいる大天使たちは、さまざまな情報を地球に発信していました。しかし天使たちのいる次元よりももっと上の世界が存在するので、こうした中間にいる天使たちからの情報がすべて真実であるとは限らないのです。

   ですから、天使たちから発信されるもので、「天変地異が起こる」とか、「この世界が終わる」などといった情報については心配する必要はありません。地球は本来、地球を司る本来の神が治めることになっているからです。

   カバラを研究しているグッドニーは、エジプトにある世界の創世記に関する古い文献を調べているうちに、そのルーツはさらに東方にあることを発見しました。さらにチベット、中国と調査するうちに、高次元からの情報で「それは日本にある」ということがわかったのです。彼が私を訪ねて来られたので『竹内文書』(たけのうちもんじょ)のことを話し、「すでに日本には文献としてそのことが書かれている」と説明しました。彼は大感激してくれて、『竹内文書』を英訳して出版しようという話にまで発展しました。

   当初、『竹内文書』(たけのうちもんじょ)の原書は、「神代文字」(かみよもじ)で書かれていました。しかしいずれ日本人は神代文字を読めなくなり、そのために人類の歴史がわからなくなってしまうことを予測した天皇が、中国から入ってきた漢字とカナで書き改めるように、竹内家の神主(かんぬし)に命じたのでした。それが現在の『竹内文書』だと言われています。

天皇が「天空浮船」で世界を巡航していた  

   上古14代は、国之常立身光天津日嗣天日天皇(くにとこたちみひかる あまつひつぎ あめのすめらみこと)です。天皇は、アフリカにいるアダムイブの子供である「アベル王」や「カイン王」、それに「セツキ王」に会いに行っています。天皇は宇宙船「天空浮船」に乗って、アフリカのイサワ浜ゴンダルという地に巡行しました。現在の地図ではイサワ浜は、エチオピアのアジスアベバ北西のタナ湖にありますが、その湖の浜辺に天皇の宇宙船が着地したことになります。

   そこへアベル王やカイン王、そしてセツキ王が花束を持って馳せ参じたということです。天皇は「よく治めておるな」とねぎらい、国司に任命したとされています。つまり『竹内文書』には、日本から巡行された天皇が、その地方や土地の国司を任命したと書かれているのです。

日本語はアフリカだけでなく、世界中にある!  

   エチオピア、ソロモン王の統治時代に、シバの女王が「契約の箱」を納めたと言われています。この地域にある「アマハラ(AMAHARA)という高原のそばに、「タケーゼ」(TAKEZE)という川があります。この2つを合わせると「高い天原」つまり「タカアマハラ」になります。さらに高原のそばには急な磐山があり、そこには「アブネー、ヨセ」(Mt.Abune-Yosef)と書かれているのです(笑)。

   カメルーンに行った時には、ジャリ(小石混じりの土砂)を手に取って、現地の人に「これは何ですか?」と聞くと、彼らは「ジャリー」と答えました。次にジャリを取って、「では下に落ちる音は?」と聞くと「ジャラー」と言うのです。日本語でも土砂のことを「ジャリ」と言い、それがこすれる音を「ジャリジャリ、ジャラジャラ」と言います。つまり音から来ている言葉なのです。同じように、アフガニスタンのジャララバードやマザリシャリフは、ジャリや小石の多い山岳地方の性質を現す音からきている地名です。

   日本では、言葉に宿っている不思議な力のことを「言霊」(ことだま)と言います。
   古代では当然のようにその力が働くと考えられており、言葉通りの事象、現象がもたらされると信じられていました。「ジャリ」は「音霊」(おとだま)です。このように地球中どこへ行っても意味が音でピタッと通じたらいいですね。英語では擬音語・擬態語のことを「オノマトピア」と言い、フランス語では「オノマトペ」。日本語の「音でピタッ」という表現と似ているでしょ?(笑)

現在も縄文式土器を使用しているドゴン族

   さらに調査するために、シリウス文明を受け継いでいると言われている「ドゴン族」に会いに行きました。そこはアフリカのマリ共和国の、「サンガ」(Sangha)という山の中にある村です。

   日本でもサンカ(山窩)という人々の話があって、三角寛(みすみひろし)の小説の中に出てきます。この「サンカ」とは、中国や韓国から来た漢字文化の影響から逃れ、山里で暮らしていた、古代の伝統を継承する純日本人のことです。この人たちは日本の「トヨクニ文字」という神代文字(かみよもじ)を、今日まで使っているということです。これはあぶり出しで書く文字なのです。(P.46にさまざまな神代文字が掲載)

   そしてインドにも「サンカ」がいたのです。
   彼らは外部から侵入して来た民族によって、山間部に追いやられてしまったのです。アフリカのドゴン族も、本来は精霊や霊魂を信じる、自分たちの土着のアニミズム信仰を持っていましたが、イスラム教が入って来て以来、山岳地帯に逃げて岩場の岩盤に住むようになりました。彼らは岩盤のことを「ガンバラ」と言います。また岩場の地名の1つが「バンジャガラ」(Bandigara)といいます。このように日本語との共通項は、例を上げるときりがありません。

サハラ砂漠にも縄文式土器が!   

   そして、そのドゴン族が縄文式土器を使っていたのです。
   彼らの家を訪問すると、「砂漠の暑い中をよく来たね」と、貴重な水を頭からかけてくれて、手を洗うようにすすめてくれました。そして招き入れられた家の中には、縄文式土器がたくさん使われていました。

   ドゴン族の村から、次にアラワンという砂漠のオアシスに向かいましたが、何とそこでも、多くの縄文式土器の破片を見つけたのです。そこはマリ共和国のサハラ砂漠の玄関口、トゥンブクトゥの北方にあり、360度周りを砂だけの砂漠に囲まれた中にあるオアシスです。1日がかりで四輪駆動車を走らせながら、砂漠を探索していると、砂の中から縄文式土器と貝殻が目につき、私は夢中で拾いました。帰国後、日本で縄文式土器の研究の第一人者である小林達雄教授(現・国学院大学名誉教授)に検証をお願いしたところ、間違いなく縄文式土器であることが判明しました。

   今では砂漠と化したこの場所も、8000年から1万年くらい前までは、緑豊かな大地で湖があり、そこには日本の縄文式土器が伝わっていたのです。実は『竹内文書』には、天皇の命令で土器を作り出した尊(みこと)が、「土器の造り方を教えるために万国へ出かけた」と書かれているのです。上古1代・天日豊本葦牙気皇主身光大神天皇(あめのひのもと あしかびきぬしみひかり おおかみすめらみこと)の時代に、天豊埴安ほがら彦尊(あめとよはにやす ほがらひこのみこと)は、土器造りの創始と伝播を行いました。

   また上古1代・天浮船大空乗公運尊(あめのうきふね おおぞらのりあるきのみこと)は空を飛んだり、水中を潜ったりできる高度な宇宙船を造り、また上古5代・天八下王身光天皇(あまのやくだりおう みひかるすめらみこと)は、皇子の天豊鍋釜ほがら彦尊(あめとよめがまおがま ほがらひこのみこと)に土で鍋釜食器を造らせました。さらに天野埴安食物主尊(あめのはにやす おしものぬしのみこと)には、「国造りとその法を万国に教えて伝える教官に任じた」という記録が残っています。つまり、天皇の皇子が天空浮船に乗り、日本の縄文式土器の製法を万国に教えて伝えたのです。

   ちなみに、土器が発見されたサハラ砂漠の「サハラ」も、「砂原」という日本語であり、そしてサヘルも「砂減」(さへる)から由来していると思われます。


             『竹内文書』 高坂和導+三和導代著 ヒカルランド

                           抜粋


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