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本来の自分自身を知ることなく死んではいけない(zeraniumのブログより)

≪zeraniumのブログ≫に興味深い記事がありましたので転載させていただきます。
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-07f8.html

本来の自分自身を知ることなく死んではいけない   

 瞑想とは、沈黙し1人でいる勇気のことだ。
   誰1人として、自らの存在によって意図されているように生きている人はいない。

   人々を取り巻く社会や文化、宗教や教育がすべて、無垢な子どもたちに対して陰謀をたくらんできた。それらのすべては権力を持っている。子どもは無力で人に頼るしかない。だから社会や宗教や教育は、子どもたちを自分たちが思うままに好きなようにすることができる。彼らは子どもが生まれながらの自然の運命のままに成長するのを許さない。社会が行なうすべての努力とは、人間を社会にとって有用な物にするためのものだ。

   もし子どもが好きなように成長するままにほうっておけば、彼は既得権益(で構成された社会)にとって役に立つようになるだろうか? 社会はそうした危険を取る覚悟はできていない。ゆえに社会は子どもを捕まえて、社会(を維持するため)に必要とされる何ものかを作り上げようとし始めるのだ。

   ある意味、子どもが自分の魂と本質に気づくことがないように、社会は子どもの魂を殺して偽りのアイデンティティを与える。偽りのアイデンティティは代替物なのだ。しかしその代替物は、それをあなたに与えた人々の社会でしか役に立たない。そしてあなたが1人になったとたん、そのニセモノは粉々になり始め、抑圧されてきた真実が現れ始める。そのために1人になるのが怖いのだ。

   誰も1人になりたくない。
   みんな、何らかの仲間内に属していたいのだ。それも1つではなく、沢山の仲間内に属していたい。だから1人の人間が宗教団体や政党、ロータリークラブなどに属している。そして属すべきもっと多くの小さなグループが沢山ある。人は1日24時間、常に助けてほしいのだ。なぜなら、ニセモノのアイデンティティは、(同意という)助けなしには持ちこたえられないからだ。

   1人になったとたん、彼は奇妙な狂気と不安を感じ始める。
   これまでずっと長い間、あなたは自分自身をこういうものだと信じていたのに、急に今1人になったとたん、自分はそれではないと感じ始める。それは恐怖をつくり出す。ではいったい、あなたは誰なのだろうか?

   しかし長年の抑圧の結果、本物が姿を現すにはしばらく時間がかかる。
   この時点であなたはもはやニセモノではないが、しかし本物でもない。あなたは中間におり、そして未だ自分が何であるかを知らない。そして特にこの問題は、西洋社会においてもっと複雑である。それはこうした本当の自分を発見するための方法を、彼らはまったく発達させてこなかったからだ。(長い間キリスト教の支配下にあった)西洋は、瞑想について何一つ知らない。

   瞑想とは、1人で静かにくつろぐ時の呼び名に過ぎない。
   それは行為ではない。それは沈黙のくつろぎなのだ。あなたが何かを行なう時、それは何であれあなたの偽りの人格から出て来る。あなたのすべての行為はこれまでずっと長い間、その偽りの人格から出てきており、それは古い習慣になっている。習慣はなかなか死なない。

   あなたは、愛する人や尊敬する人々によって押し付けられた偽りの人格で、あまりにも長い年月を生きてきた。彼らは別に意図的にあなたに悪いことをしたわけではない。ただ彼らは意識的な人々ではなかった。あなたの両親や聖職者、政治家、教育者たちは意識的な人間ではなく、彼らは本質に対して無意識に生きていた。そして無意識的な人々が与える善意の意図は、多くの場合毒に変わってしまうのだ。

   だからあなたは1人でいるときはいつも、深い恐怖を感じる。
   それは突然、ニセモノの人格が消え始めるからだ。しかしあなたが長年見失ってきた本物の自分が出現するには、もう少し時間がかかる。つまり、これまでの長い間と今との間の溝に橋をかけなければならないわけで、こうした事実にもっと考慮しなければならないのだ。

   その恐怖は、「私は自分を失っていく、意識と正気と頭と、すべてを失いつつある」というものだ。なぜならあなたの自己は他の人々によって与えられたものであり、すべてがそうしたものからなっているからだ。それはいたたまれない思いとともに、気が狂うのではないかという思いにさせる。するとあなたはすぐに、自分を忙しくさせてそれを振り切るために何かをやり始める。たとえ他に誰もいなくても、少なくとも何か行動することがある。偽ものの人格は何かを行なっていれば、消え失せることはないからだ。

   そのために人々は、休日が大きな問題であることに気づいている。
   週末にはのんびりできると期待して、彼らは5日間働く。しかし実際には週末は世界中で最悪な時だ。より多くの事故が週末に起きるし、より多くの人々が自殺を図るのが週末だ。週末にはより多くの殺人や、より多くの盗みが起こり、より多くの強姦がある。それは非常におかしなことだ。こうした人々は5日間仕事をし、何も問題がなかった。

   しかし突然、週末は彼らに選択を与える。
   何をするか、あるいはリラックスするか。しかしリラックスするのは怖ろしい。偽りの人格が消えてしまうから。何かしよう、馬鹿げたことでもいいから何かを。人々は海へと車を走らせる、バンパーが触れ合うほどに混み合った長い道を通って。どこへ行くのかと聞くと、人のいない静かな海に行くと言う。

   そして、(同じことを考えている)群衆と共に一緒に行くのだ! 
   もし家にいたならば、人がいなくてもっと静かだったはずだ。なぜなら愚か者たちがみんなして、1人になれる場所を探しに行ったからだ。彼らは狂ったように押し寄せて行く。2日間はすぐに終わってしまうので、どこかへ行って何かをしなければならない。しかしどこへ行くかは聞いてはいけない!

   浜辺は非常に込み合っており、市場でさえあれほどには混んではいないだろう。
   しかしおかしなことに、人々はそうした中でとても気楽に感じ、楽しんで日光浴をしている。1万人もの人々が小さな浜辺で、押し合いへし合いしながら日光浴をして楽しんでいるのだ。しかし実は人々は、自分が浜辺に1人でいたのでは、日光浴を楽しむことはできないことを知っている。

   群集というものは、偽りの人格という自分が存在するためにどうしても必要なものなのだ。本来の自分に気づかないようにするためには、人々は群集と同じようにし、群集の中にいなければならないからだ。偽りの自分は、1人になったとたんに姿を現し、悲鳴を上げ始める。これは瞑想を始めた時に理解すべきことだ。

   しかし心配する必要はない。
   消えるものは消え失せる価値があるもので、それにしがみつくのは意味がない。なぜならそれはあなた本来のものではなく、あなたはそれではないからだ。

   すべての瞑想は、ニセモノを破壊するためのものだ。
   しかもそれはあなたに本物を与えることもない。なぜなら、本物とは与えたり奪ったりすることのできないものであり、あなたが本来持っているものだからだ。ゆえに、ただニセモノを取り去る必要があるだけなのだ。

   瞑想とは、沈黙し孤独になる勇気のことだ。そうした中でゆっくりと、あなたは自分自身が持つ新しい資質を感じ始める。新しい活気、新しい美しさ、そして新しい知性だ。それは誰かからの借り物でもコピーでもなく、あなたの内側にある。それはあなたの存在に根を張っており、もしあなたが臆病者でなければ、それは身を結び、やがて花を咲かせるだろう。

   勇敢な人、勇気のある人、肝の据わった人、そういった人たちだけが宗教的であることができる。宗教的であるとは、なんらかの宗教を求める人たちのことを言うのではない。キリスト教徒もヒンズー教徒もイスラム教徒も宗教的ではない、彼らは臆病者なのだ。彼らは探求に反している。彼らは同じ群集であり、自分たちのアイデンティをより強固にすることしか考えてはいない。

   あなたはこの世界に生まれ、命と意識と素晴らしい感受性を持ってやって来た。
   幼い子どもを見なさい。彼の目を見なさい、その新鮮さを見なさい。偽りの人格で覆われてしまったすべてがそこにある。しかし怖れる必要はない。あなたは失わなければならないものしか失うことはできないからだ。そしてできるだけ早く失うのはよいことだ。なぜなら、それは長く留まれば留まるほど強くなるからだ。そして人は、明日のことは何一つわからない。

   本来の自分自身を知ることなく死んではいけない。
   本当の自分自身とともに生き、本来の自分自身として死んでいったわずかな人々は幸せである。なぜなら命は永遠であり、死は作り話であると彼らは知っているからだ。



       『 Courage  (勇気)』  OSHO  Kadokawa Shoten

                            抜粋

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